ロマチェンコはいかにしてトップランクと契約したか

オリンピックで二回も金メダルを取り、アマテュア史上最高傑作と言われたロマチェンコが、どのようにしてTOPRANKと契約したか。
その事実は以外と日本のボクシング・ファンには知られていない。

彼はプロになると決意した時、一つのことを心に決めていた。
それは、「プロ初戦で世界戦をする」ということだ。
その要求を実現するため、有名マネージャーのエギス・クリマと契約し
最初に向かった先は、TOPRANK、、、ではなく、
女社長キャシー・デュバ率いる、
Main Eventだった。

Main Eventは、かつてイベンダー・ホリフィールドやアルツロ・ガッティをプロモートしたこともある老舗プロモーターで、
現在ではセルゲイ・コバレフなどロシア(旧ソ連含む)系のボクサーを多く抱える。
そこでロマチェンコが「プロ初戦で世界戦をする」という条件を伝えたところ、
CEO・キャシーはしばし沈黙の後、
「そんなことは出来ないし、おそらくどんなプロモーターにもできないだろう」
とコメントした。

次にチーム・ロマチェンコが向かった先はTOPRANK、、、ではまたもやなく、
オスカー・デラホーヤ率いるゴールデン・ボーイだった。
(※当時のCEOはRichard Schaefer)
そこでロマチェンコの条件を聞いたゴールデン・ボーイ側の回答は、
「初戦は無理だが、二戦目でなら実現できるだろう」というものだった。
ロマチェンコは、
「分かった。じゃあこの場でサインをしよう」
と言ったが、
マネージャーのエギスが、まずはゴールデン・ボーイの契約を見てから判断するよう進言したため、
契約書を待ったが、待てど暮らせど、契約書のドラフトは送られてこなかった。
(このゴールデン・ボーイの契約書の整備の甘さは有名な話であり、アル・ヘイモンがボクシングに参入した際に多くの選手がゴールデン・ボーイから抜けてPBCへ移ったのも、契約を適切にしていなかったためと言われている。
ボクシング界の異端児アル・ヘイモンの話については、今後掲載予定。)

そして遂にロマチェンコは、ボブ・アラム率いるTOPRANKと話をし、
「二戦目を世界戦とする」
という条件で契約を締結した。
アラムは、
「アマ・エリートなので契約金をたくさん払わなければならないだろう」
と言ったというが、
それに対してロマチェンコは、
「そんなものは良いから早く世界戦を組んでくれ」
と言ったという。

このように、アメリカのボクシング界においては、選手がプロモーターからのオファーを待つのではなく、
自らの要求を通すために、積極的に交渉を仕掛けるのだ。

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以上、

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