日韓対抗戦で地元期待のホープを破った日本人 朝倉豊(博多協栄)

 驕りとは何か。
いい気になること。思い上がり。辞書を引くとそのような意味が出てくるが、本人はこのくらい出来ると思っているから気づかない。それを考えさせられるお手本のような試合を見せられた。
2019 年 6 月 23 日、
韓国江原道の北朝鮮軍事境界線にも近い会場で開催された日韓戦の一試合で、日韓の両選手は激突した。

 ファン ギョンミン 5 戦全勝 3KO 。
5勝中3勝が日本人相手で、デビュー2戦目に3戦全勝の岡田靖弘(横浜光/3 戦全勝)と対戦し1RTKO勝ち。
翌年2月、今度は5勝3敗と日本では B 級のレコードを持つ松澤拳(宮田/5 勝 3 敗)を相手に 6 ラウンド大差判定勝ち。
4月には同じく B 級相当のテルのび太(緑/4 勝 1 敗 1 分)を1ラウンド TKO 勝ちで破り、立て続けに勝ち越し日本人選手を破った韓国の新スター候補。
試合内容は荒いという評価がありながらも、新ジャパニーズキラーと呼ばれるであろう、試合 3 週間前に二十歳を迎えた期待の若手であった。

4 勝 3KO1 敗 1 分は昨年の新人王戦では中部西部対抗戦で、ファンが KO したテルのび太を相手に引き分けで決勝へ選出されなかった。
デビューは遅咲きの 26 歳、現在 28 歳で新人王戦に再挑戦中。西部地区(九州)のエントリーが少ない関係で、次戦 9 月の決勝まで 1 試合挟むために、韓国遠征を決めた。福岡出身の朝倉は、12 歳まで空手に夢中になり、部活ではバスケ部に入った。
しかし、どんなスポーツも体の大きさというハンデがあり、自分の力を出し切れた気がしなかった。
ゆえに、常に同じ体格で闘えるボクシングは、自信の限界を試すのに最適な競技だった。
大学生時代に博多協栄ジムの門を叩いた朝倉は、一度就職してジムを離れるも、安定した正社員の職を捨て、現在はボクシング一本に絞るために害虫駆除のアルバイトをしながらプロ生活に賭けている。

 試合オファーを聞いた博多協栄ジムの粂田将彦会長は、電話越しに「相手強いですよね。正直言うと行かせたくないのが親心だけど、本人は行きたいって言うでしょうね。」と語った。
9 月にスーパーバンタム級の西部新人王決勝を控えて、韓国で強い相手と闘う理由などない。調整試合として格下に勝ち、気分よく決勝のリングに上がればいいのだから。ただ、朝倉はやはり違った。
「たとえ倒されても、強い相手と闘いたい。」と答えた。
ボクサーならではの心理である。

 博多協栄ジムの粂田将彦は 2017 年 1 月に博多協栄ジムを引き継ぎ、若干 30 代で新会長に就任した。
マネージャー時代の 2014 年にはチーフトレーナーとして、山田真子選手が韓国で世界王者を破り日本人初の WBO 女子世界チャンピオン誕生に大きく貢献した。
この選手の父親がトレーナーだった関係で表舞台に出ることはなかったが、世界戦前に正月返上でトレーニングを続け、敵地で女子世界王者を破った快挙の立役者であり、トレーナーとしても非常に優秀な手腕を持っていた。
韓国はアウェーながらも、粂田にとって相性のいい土地であった。

 契約は選手層の薄い韓国で、日本人相手に 3 勝を挙げているファンの相手は韓国には既にいなかったこともあり順調に進んだ。
もちろん、ファンに 4 勝目を挙げさせるためである。

戦前の予想は朝倉の勝利は厳しであろうというのが大勢であった。ただ、粂田は攻略できない相手ではないと見ていた。幸運なことにジム内にも韓国に詳しい会員さんがいたりと、試合の映像を入手することもできた。一方で前戦のテルのび太戦を見てファンに漠然と感じたのは、若干 20 歳の若者が日本人選手を何人も倒し、おそらく韓国内でも彼より強い練習相手がいないのであれば、果たして平静でいられるだろうか、との思いであった。

2019 年 6 月 23 日、韓国江原道の完成したばかりの真新しい体育館で、試合のゴングは鳴った。
 開始 1 ラウンド、ガードもせずにパンチをかわし大振りで攻めるファンの姿は自信に溢れていた。
こんな奴、簡単に倒せるはず。
そんな気持ちが伝わるスタイルだった。一方の朝倉は、がっちりとガードを固め、相手の動きを冷静に見ていた。朝倉はファンが1ラウンドを取りに来るのは研究済だった。そして、1ラウンドで倒せないとファンのスタミナが大きく落ちることも予測していた。
1 ラウンドは攻めるファン、守る朝倉で終わった。
2 ランンド、大きく振りぬくファンのパンチに対して、朝倉は肘をたたんでコンパクトにパンチを打つ。両者ともに前に出て打ちあう激しい試合となる。終盤少しファンの動きは変わってきた。ファンは大きな空振りと、朝倉のコンパクトなパンチのヒットで、若干疲れが見え始めた。
日本側は、チーフセコンドの粂田をフォローする形で、同じ日韓戦に帯同したカシミジムの森田トレーナー、横浜光ジムの胡トレーナーらがジムの垣根を越えてサポート役に入っていた。
前日に、アウェイなので、お互いに助け合いましょう、と話していた結果だった。

 実は朝倉にも驕りがあった。といってもこの試合の話ではない。
デビューから3連勝した4戦目に初黒星、その次は引き分けとつまづいた。朝倉が語るに「あの時は天狗になってたんですよ。リングに命賭けてあがるはずなのに、なんだかそんな気がしない。試合も前に出ないでやられないように闘って、気がついたら判定で負けていたみたいな。これじゃダメだと思って、この前の試合は前に出て闘うようにしたんですよ。そしたら KO で勝ったし、試合終わったらいろんな人に褒めてもらって」。
朝倉はあえて韓国で難敵を選んだ理由は、前に出て戦う新しいスタイルを 9 月の決勝前に確信に変えたかった、というのも理由の一つだった。

3 ラウンド 
ファンは徐々に失速していった。朝倉の攻勢の時間が増え、いくつかヒットも増えていった。前半と違い、明らかに試合を支配していった。4 ラウンドも同様だった。終盤ファンは完全に勢いを失い、朝倉のクリーンヒットも出て終了のゴングを迎えた。
朝倉は終始冷静に闘い続けた。

採点は 38-38,39-37,39-37 の 2-0 で、朝倉の名前をコールした。アウェーでの殊勲の金星に見える勝利は、戦術を立て研究した粂田と、それを堅実に実行した朝倉の計算通りの勝利だった。

帰国後、朝倉に「自身が引き分けているテルのび太選手を 1 ラウンド TKO している相手と闘うのはどんな気持ちですか」と尋ねた。
朝倉は「僕が勝ったら、あの時の自分を超えたと思えるんじゃないかと思ってました。」と答えた。

9 月の新人王戦が、楽しみにになってきた。

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。