• HOME
  • ブログ
  • ボクサーの横顔
  • [後編]37歳王者細川バレンタインの挑戦 「この試合の挑戦者は俺。勇敢さとはどういものかを見せる戦いになる」

[後編]37歳王者細川バレンタインの挑戦 「この試合の挑戦者は俺。勇敢さとはどういものかを見せる戦いになる」


 ナイジェリア人の父と日本人の母との間に生まれた。父の祖国で家族五人暮らしをしていたバレンタインが、単身、宮崎県の祖父母の元にやってきたのは7歳のとき。ナイジェリアの不安定な情勢がさらに悪化し、三人の息子たちの将来を憂いた両親が下した決断だった。誰か一人でも日本で教育を受けて、将来日本とナイジェリアの架け橋になってくれれば。両親の切実な願いを、三人は無理だが一人なら、と定年を迎えたばかりの祖父母は受け入れた。
 孫を甘やかす優しい祖父母、ではなかった。親そのものの躾に教育。学年3位以下の成績をとろうものなら激しく叱責された。彼が今、礼儀正しくて、美しく正確な日本語を話せ、達筆なのも、すべて祖母が厳しく、根気よく躾けしてくれたおかげだ。
60歳を越えた身で、英語しか理解できない孫にあいうえおを教えることから始まった「子育て」。やんちゃ盛りの男の子を育てることがどれほど大変だったか。くそ婆ぁと悪態をつかれようが、祖父母はいつのときも、体当たり、全身全霊で孫と向き合った。彼らが注いでくれた愛情がどれだけ深いものだったか「今ならわかる」。
明らかに日本人とは違う外見を持つ孫が、日本人に受け入れられ、認められ、愛されるよう。そして誇りと自信を持てるように。「厳しさのすべて、俺のための愛情だったんですよね」
 くるくるの髪、肌の色、分厚い唇。いじめは日常茶飯事だった。
「あの時代、俺はコンプレックスの塊でね、コテで必死に髪をまっすぐにしたり、一生懸命日本人に近づこうとしてた。自分の髪も唇も大嫌いだった」
 負けず嫌いの性分。人前ではどんな差別的な言葉を投げつけられても平静を装い、誰にも見つからぬ場所で「みんなと同じになりたい」と泣いた。
「ばあちゃんは全部わかってたと思います。俺に空手を習わせたのも、強さだけじゃなくてね、勇気だとか逃げない心を身につけさせたかったんだと思う。やられたらやり返しなさい、困難にぶちあたったときは逃げるんじゃなく、立ち向かう勇気を持ちなさい、と。今、俺の軸になってる大切なマインドの多くを叩き込んでくれたのは、ばあちゃんだった」
 ある日、上級生を力でねじ伏せたことで周りの目が変わった。立場は一変し、いじめられっ子からいじめっ子へ。
「でも力で相手に言うことを聞かせても、人に好かれないのはほんとに空しいことだなと痛感した。どちらの立場も経験して、よし、いい子になろうってっ(笑)。そもそも人を傷つけるの嫌い、人を楽しませるのが大好きな人間ですもん。それ以来、自分で言うのもなんだけど、どこにいっても人気者なの」
15歳の時、様々な事情があってナイジェリアに帰国した。旅立ちの日、授業を抜け出して空港に見送りに来た友達は約150人。「あとで学校問題になったと聞きました…(笑)」

 暴動が頻発する首都ラゴス。安全で、平和で、贅沢はできなくとも何不自由のなかった宮崎での暮らしとは、落差が大きすぎた。
 水道水は「当然」飲めない。4キロ先の谷底で汲んできた水を煮沸し、濾過し、さらに煮沸してようやく飲める水ができた。
一家の住まいは、銃を携えた防人が24時間警備に当たる一画にあった。
「父が家のセキュリティと子供たちの教育を最優先に考えてくれていたから、暴動が起きても家の中にいる限りは安全だった」。が、一歩外に出れば町は貧困と犯罪にまみれ、路上生活者たちは、その日を生き延びるだけで精一杯の人生を送っていた。物乞いの姿に胸を痛める息子に、父は「一時の同情は本当の助けにならない。お前ができることは、自分の状況に感謝して毎日を精一杯生きることだ」と言った。
 無邪気に笑っていられた宮崎での日々が夢のように思えた。
「日本に帰りたい」
 懇願するバレンタインに、父は、この国から抜け出す切符は、勉強だけだと繰り返した。
 医者ならどの国でも稼げるからと、バレンタインは大学の医学部を目指した。祖父母からの誕生日のプレゼントには参考書を頼み、深夜までローソクの火で勉強した。暗く、ゆらゆら揺れる灯りに、2.0あった視力は たちまち0.5まで落ちた。
イギリスの名門大学の留学試験は最高点を取った。だが制服以外の服さえ買えない経済状態。どうやっても学費が工面できなかった。奨学金制度を探したが無理だった。ならばと日本政府が学費を支援する制度に賭けた。かつて父がその制度で上智大学に留学していたのだ。成績は今度もやはりトップ。だがバレンタインに吉報は届かなかった。「あとで、その権利を金で買ったやつがいたと聞きました」。こんなに努力をしても這い上がる糸口さえつかめないのか。いったいどうやって希望と救いを見いだせばいいのか。心を折りかけたバレンタインのもとに、事情を知った祖父母から航空券が届いた。
「お前は十分頑張った。日本に帰っておいで」
20歳のときだ。
 
恋い焦がれた日本。東京で暮らし始めたとき、この国は可能性とチャンスに満ちあふれていると思った。
「その気になれば何でもできる。やりたいこと、目標が達成できないとしたら、すべて自分の努力不足、責任だと」
アルバイトから始め、外資系大手金融会社でトップ営業に上り詰めた。出世のため、稼ぎを学費につぎ込み通信制の大学で学歴もつけた。
「針に糸を通すような一瞬のパンチの美しさ」に痺れ、ボクシングを始め、プロボクサーにもなった。フルタイム勤務を終えてからのジム通い。二足のわらじで日本一位まで上った。29歳のとき、銀座近くの勝ちどきに3LDKのマンションも買った。
「あの頃の俺は、そこそこの成功を収めたという満足感があったんです。負けたけれど、タイトルマッチもやった。何もなかった昔の自分からしたら、もう上出来だと」
 その頃だった。ノーランカーに番狂わせで敗れ、バレンタインの耳に、細川はここまでだな、という声が聞こえてきた。
「ボクサーとして終わった、と。自業自得だったんです。この程度の練習で勝てるだろうと、相手を甘く見たのが敗因だった」
 かつてないほど悔いた。情けなくて、恥ずかしくて、2度とこんな思いはしたくねぇ…。本気になって練習して戦おう。
 負けたら引退と決めて戦った、日本スーパーライト級王者・岡田博善(角海老宝石)とのタイトルマッチ。
 バレンタインは人が変わっていた。挑戦者らしく、果敢に攻め、打たれても臆さず突進し、腕を振った。スタミナ不足の弱点は消えていた。手数にも猛追する様にも、かつてない、勝ちへの執念が滲み出ていた。結果は大差判定負け。
「それなのに、見た人たちから今まで勝ったどの試合よりも嬉しい言葉をいただいてね。それが嬉しくて、気づいちゃったんです。俺がしたいのは本気で生きる、という生き方なんじゃないかと」
11年間、自分は何をやっていたのか。
営業トップで、オーダーメイドのスーツを着て、マンション持って…。なんだよ、そんなの、ただモノがあるだけじゃん。ものを持った分だけ臆病になって守りに入って、俺この年で結構すげーじゃんなんて満足していた自分のことをバレンタインは思った。
俺、ダセぇ…。

新しい環境を求めて移籍した。
「寮生たちは朝練でかなり鍛えられていると聞いて」寮に入り、マンションは売った。
会社を辞めたのは、初防衛戦の前だ。その試合も挑戦者デスティノ・ジャパン(ピューマ渡久地)優位と見られていた。


「スーパー悩みました。人からしたら会社を辞めるのは賢い選択じゃない。でも、もし二足のわらじで、次負けたら、何をしても取りかえせない悔いが残ると思ったし、今リスクを取る人生の決断をしなかったら、永遠にリスクを怖れる人間になると。そんな男には絶対になりたくなかった」
だから俺、仕事を辞めた自分がめっちゃ好きなの!とバレンタインは破顔した。そういう決断ができた自分が超好きなの。昔の自分だったら絶対できなかった。
「今の俺、ものは何もない。でも幸せなの」
 ものはないが、お金では買えない、無二の存在がそばにいる。

 トレーナー未経験の奥村健太をトレーナーに起用したのはバレンタインだった。熊本のジムから角海老宝石に移籍し、その第一戦で左急性硬膜下血腫によりボクサー生命を絶たれた悲運の元ボクサー。人生を賭けてきた夢を突然奪われ、だが、断ち切れぬ思いを抱え、彼は毎日練習を見学しにきていた。
「ミット持ってくれよ」
 声をかけると目を輝かせた奥村は、だがミットをはめた瞬間、目の色を変えた。真剣勝負の男の目。パンチがミットを逸れ、奥村の身体や顔にあたっても、「自分打たれても平気なんで、流れを止めずに思い切り打ってください」と構え直した。
「胸にびしびし伝わってきたんです。あいつが本当に持ちたいのはミットなんかじゃない。ボクサーとして戦いたいという心の叫びや無念さや、行き場を失った情熱が、ほんとにね胸に迫ってきた。で思った。この思いと向き合うためには、俺はありったけの本気を出しきらなきゃだめだ。こいつは俺の本気を引き出してくれる、と」
その場で決めた。こいつと組む。こいつとなら俺は絶対強くなる。
麻生興一への日本タイトル挑戦が決まったとき、奥村は「バレンさん、僕がいけなかった場所に連れて行ってください」と言った。奥村がどんな思いでそれを口にしたか。「たまらんかった」バレンタインは、答えた。
「二人で行こうぜ!!」

 心のトレーナー奥村、そして、その後加わった参謀・田部井。宮田ジム時代からの長い付き合い、バレンタインの性格を知り尽くしている「戦略家」田部井は、常に「絶妙のタイミングで最適な指示を出してくれる」。そしてニューメンバーの洪トレーナー。
バレンタインはその三人とリングに上がり、ともに戦う。

細川バレンタインって絶対諦めないよな。挑戦する男だよな。そう認められる男になれたら、最高に幸せだとバレンタインは言う。それが俺にとってのチャンピオンベルトだ、と言う。
「勇者。俺が人生で何より欲しい称号はそれなんです。戦うことは本当に怖い。そこから逃げない勇敢な男になりたくて、俺は毎日必死にあがいて、もがいてきた」
37歳。あがきの日本王者は言う。
あの浩樹に勝てば、その称号を、本当のチャンピオンという称号を貰える気がする……。

厳しい戦いになる。覚悟はできている。

細川バレンタイン対井上浩樹。
今日、ゴング。

関連記事一覧

  • コメント ( 1 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. Kジム生

    バレンさん、尊敬します。