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[前編]37歳王者細川バレンタインの挑戦 「この試合の挑戦者は俺。勇敢さとはどういものかを見せる戦いになる」

3度目となる防衛戦。王者は、挑戦者圧倒的優位と予想されていることを承知している。それでいい、自分が優位と言われるより気が楽だからと彼は言う。
その顔に王者としてプライドが傷ついた様子は見えない。
「だって誰がどう見ても、井上浩樹はでかい山でしょ!」
チャンピオンカーニバル2019の大注目カードが迫っている。4月6日後楽園ホール。現在2度防衛中の日本スーパー・ライト級王者・細川バレンタイン(角海老宝石)に、「あの井上家」の井上浩樹(大橋)が挑む。井上尚弥・拓真兄弟の従兄弟、26歳。
長身の左ボクサーファイター。アマチュア五冠。プロ戦績12戦全勝10KO。スピードあり、パンチ力あり、攻撃力ありの技巧派。浩樹の早い回でのKO勝ちと見る向きは多い。
減量をしない主義のバレンタインは、国内、ひょっとしたら世界でも同階級で一番小さいかもしれない。165センチ。浩樹との身長差は15センチ。
「ほとんどのオーソドックスが長身のサウスポーが苦手だと思うけど、特に俺、この身長でしょう。今回、サウスポー、長身、と苦手が二重という」
3年前、2人はスパーリングで手合わせしている。浩樹にできないことはないんじゃないか。そう思ったほど、
「マジ、ボッコボコにされました。いや殺傷能力が凄い。特にあの返しの右フックの、まーエグかったこと!!」
バレンタインが優位だった点を聞くと、
「うーん、頑丈さ?」もう笑うしかない、という感じでガハハと笑った。あのときの「完全にやられた感」は今も身体と心が覚えている。その相手と戦うことに、今、恐れはあるだろうか。
「試合が決まった直後にその質問をされていたら、正直に、怖いと答えたと思う」
王者は居住まいを正すと、続けた。浩樹が脅威であることは変わらない。3年前より強くなっているはずだし、タイトルマッチでは挑戦者が尋常ではない気迫と力を出すことも経験からわかっている。
「でも今、今の細川バレンタインなら、チーム・バレンなら、あの山、登れるんじゃね?と僕は思ってる」

11年間世話になった宮田ジムから角海老宝石ジムに移籍したのは2年前。当初、「チーム・バレン」はバレンタインとトレーナー奥村健太の二人組だった。二人で初めて組んだ試合で、麻生興一(三迫)から日本タイトルを奪ったあと、宮田ジム時代の盟友にして、細川がその「頭脳」に信頼を寄せていた田部井要がチームに参加。「心を鍛える」担当の奥村と三人で防衛戦を戦ってきた。
相手が決まった瞬間から、チームは動き出す。三人でアイデアを出し合い議論しながら戦略を練り、実際に試して「何度も殴られながら」修正を加え取捨選択し、突破口を見つける。相手にもよるが、最終的な方針が決まるまでに1ヶ月から1ヶ月半を費やしてきた。

浩樹戦が決まったとき、三人は頭を抱えた。今回、マジでどうするよ…。その直後のことだ。かつて内山高志や田口良一、小原佳太らを指導してきた元韓国アマチュアチャンピオン・洪東植トレーナーが角海老宝石ジムに移籍。そのベテラントレーナーの自己紹介を聞いたとき、三人は「鳥肌が立った」。
「私、打倒サウスポーを教えるのが一番得意です」
このタイミングで? 俺らの運、凄くねぇ?
まるで、鬼退治に向かう道中、次々とお供と出会う桃太郎のようだが、洪トレーナーが今回のチーフとなって、浩樹攻略の方針は「あっという間に」定まり、「あとは俺がプランをどこまで遂行できるかだけ」だった。
アマチュアトップを日替わりでパートナーに呼んだ。スパーリングパートナーにはジムから謝礼が支払われるが、どこの誰を何人呼ぼうが無制限で許された。スパーリングには試合と同じく3人がセコンドにつき、奥村トレーナーとのミット打ちには必ず田部井トレーナーもつくようにした。一対一ではすべてを指摘しきれない。見落としもある。
「もう誰よりも人件費を使ってると思います」
朝の9時半から練習したいと言えば開けてくれる。なかなかないですよ、こんなジム…。
「それだけジムも本気だということ。チームの一人一人が全身全霊賭けないと勝てない。浩樹はそういう相手だから」

根本的に自分はびびりなのだとバレンタインは言う。
だから試合が決まると、自分の心と向き合い、自分はいったい何を怖れているのかと自問し、分析する。
「そうやってわかったことは、俺が恐怖を感じているのは相手じゃない。あのパンチに対処できないであろう自分や、フルパワーで攻めてスタミナを切らして失速することが怖いんだと。つまり自分の非力さに恐怖を覚えるんだ、と。それなら、自分のその非力を克服すればいい」
行ってどんとパンチ食らうのが怖いから、行く練習をする。とんでもないパンチャーのパンチに合わせる練習をする。そうやって一つ一つ、時間をかけ、恐怖心と苦手意識を潰してきた。
彼は普段使う言葉一つにも敏感でいる。
「たとえば、これ食らったら相手心折れますよ、とか奥村が言うとする。もうね、罵倒(笑) 奥村は自信を持たせようとしてるんだと思う。その思いはすごくわかるの。でも違うんです。
俺たちは常に相手が最高の状態で、最強でくることしかイメージしちゃいけない。相手の心がどうなるとかは結果であって、俺がコントロールできることじゃない。俺は自分がコントロールできない部分に期待したり賭けることはできないんだと。うちのチームはそういう言葉ひとつ、意識の持ち方一つから徹底してるんです。だからたまにめっちゃ喧嘩になる(笑)」
その繊細で、凄まじいほど徹底した心の砕き方には理由がある。自分はこのジムに来てから一戦ごとに強くなってきていると思う。体力的な衰えも感じていない。
「でも俺、もうすぐ38歳なんですよ。わかってるの。自分が、身体が、決して旬じゃないこと。だから少しでも相手の上にいけるよう必死なんです。使う言葉すらも、とかって言うのはね、バレンさんの徹底ぶりは凄いって言われるけど、違う。些細なところから徹底しないといけないぐらい必死なんです。あがき、なのよ」
心の叫び、だった。
だからこそ自分にはチームが必要なのだと言う。
「うちのチームは全員、バレンさんが何とか頑張るだろうなんて思ってない。俺たちがバレンさんを勝たせる、と思ってる。その一人一人の本気が合わさると凄い力になるんですよ。みんなボクシングは個人競技だと思ってると思う。でも俺に関しては違う。俺はまったく完璧じゃないし、びびりで、自分一人で勝てるとも思わない。でもね、チーム・バレンは最強なんです。俺は4月6日、チーム・バレンで戦って、そして勝とうと思ってる」

後半に続く。

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