井上尚弥の真髄

井上尚弥の一撃必倒
ボクシングの技術論で、
彼を分析するのは意味がない。

古武術は一撃で相手を殺さなければならない、と言う。
武術の根源は勝敗ではなく、命のやり取り。
そこに攻防のやり取りはない。
一方が動いた瞬間に、
命のやり取りが決まる。

「先の先」「後の先」とあるが、
どっちにも必要なのは相手の正中線を捉え、
相手の技をもらう空間に入ること。
自分が安全な距離にいては、
相手を仕留めることはできない。
受けにまわってはいけない。
火中の栗を拾うように、
強い意志と気迫で相手を押しこんでいく。
(実際に押すわけではない)

俺は何度か古武術の練習に参加させてもらっている。
つい先日も行ってきた。

お互いに正座して先生と相対する。
両者の脇には鞘に収まった刀。

「いつでも私に斬りかかってください」
先生が言う。
俺は左手で鞘を掴み、
刀を抜こうと右手で柄を掴む。
すでに、
相手の抜刀した刃が俺の右腕に置かれている。
先生が微笑みながら言う。
「小手、ですね」

「もう一度お願いします」

刀を抜く時間が無駄だ。
鞘ごと叩きつけてやろうと、鞘を掴みながら体を浮かす。
すでに、
片膝立ちになっている先生の刀の柄が、
俺の喉元に触れている。

「もう一度」

俺は自分から動くのをやめた。
相手が動いてから、瞬発力で勝負しようと。
すると、
先生は正座の体制から片足立ちに移行し、
左指2本を俺の両目につきつける。
俺は1ミリも動けない。
先生が笑顔で言う。
「石井さん。私が動くまで、動こうとしませんでしたよね?」

鳥肌が立った。
虚をつかれたわけではない。
相手の動く瞬間を見逃さないように、
俺は全身全霊集中していた。
だけど、いや、だからこそなのか。
相手の全く無駄のない洗練された動作に反応できなかった。
これは、
反応が遅れたわけではない。
どこで反応していいのか、
わからなかったのだ。

最後のシーン。
お互いが前の手で間を計っている。
ジリジリと圧力をかけられたパヤノは、
外側をとろうと右前足をズラす。
と同時に、
パヤノは井上の左の軌道を塞ぐために右腕の角度を変える。
瞬間、
インサイドからの突き上げるジャブ。
この時の井上の姿勢は、
まさに抜刀のそれだ。
この姿勢から繋げる右ストレートは、
もはやハンマーだろう。

人には予備動作というものが必ずある。
足が、首が、肩がミリ単位で動く。
その筋肉の僅かな反応を捉える目。
自らは魚群のような動きで相手の懐に飛び込み一撃で切って落とす動き。

井上尚弥を見て、
武道の真髄を目の当たりにした気がする。
「one shot one kill」

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